ミュージック・フェス

フジロックが延期になったので昔のZカードや写真を見ながら思い出話を少し

2020年6月12日

2020年のフジロック、開催延期になってしまいましたね。

今年のフジロック開催がかなり難しいことは覚悟していましたし、延期となったことは当然の判断だと思っています。いくらフジロックが野外で開催されるとはいえ、他人との距離を保つことができる場面はほとんどありませんもんね。

しかし、いざ正式に延期がリリースされてしまうとなんとも言いようのない寂しさを感じてしまうのも事実です。

毎年当然のように参加し、なんだかんだでその年一番の思い出となることの多かったフジロック。最近でこそ惰性で参加している感がかなりありましたが、一時期は「フジロックに行く為に生きている」と言っても良いぐらいどっぷりとはまっていました。

延期のニュースを目にし、ついつい昔の写真やグッズ(今回は1998年と2002年)を引っ張り出して出てきたので思い出話でもしようと思います。

暑すぎてトラウマになった1998年の豊洲フジロック

僕の初フジロックは1998年。前年の富士天神山スキー場から場所を移し、豊洲(現在の豊洲市場付近)で開催された第2回目です。Prodigyがトリを務めた2日目のみの参加でした。

1998年フジロックのZカードが残ってました。

そうそう、メインスポンサーはリーバイスでしたね。

ステージの増えた現在のフジロックとは違い、1998年はグリーンステージとホワイトステージしかありませんでした。そのため、今では考えられないぐらいギュッと詰まった面子です。

初日はベックの裏がニック・ケイヴ、Bjorkの裏がイギー・ポップと悩ましいタイムテーブル。僕の行った二日目もProdigyとGOLDIEの選択に悩まされた記憶があります。GARBAGEやKORN、ソニック・ユースが真っ昼間に出演するなんて贅沢ですよね。

このZカードで注目したいのは右側の「フェスティバルの原則」部分でしょうか。

フェスティバルの原則

  • まず、体を鍛えて来る!
  • そして、歩いて来る
  • さらに、ゴミは捨てない
  • みんなで、助け合う

今のフジロックに通じる部分もありますが、最初に「鍛えて来い!」だなんて随分とワイルドな運営方針だったようです。

あと、「フェステイバルの原則」の下に記載してある「テレフォンサービスステーション」の存在が時代を感じさせます。「テレフォンサービスステーション」は「進行状況、交通アクセス、気象情報」などを電話で教えてくれるサービスだったようです。フジロックの進行状況を電話で教えてくれるなんて今では考えられませんよね。

続いてZカードの裏面です。

エリアマップはシンプル!このマップを見るまでは完全に忘れてましたが、この年のフジロックには「プール」がありました。

実際の写真も数枚だけ残ってました。当時はデジカメなんて持っていませんでしたので、カメラは「写ルンです」だったと思います。

グリーンステージ。よく見るとステージの屋根が緑色です。これがステージ名のルーツなんでしょうか?

ワールドレストラン。テントの色に時代を感じるような。

そうそう、Tシャツも購入していました。今もグッズ販売の行列は凄いですが、当時も随分と並んだ記憶があります。

なぜか一部アーティストは掲載されていない(BjorkとProdigyなし)中途半端なフジロックTシャツです。

暑過ぎた1998年のフジロック

1998年のフジロックはとにかく暑かったことを覚えています。調べてみたら、参加した8月2日の東京は34.1度もあったようです。

現在の苗場と違い、会場には自然の日陰がほとんどありませんでした。日除けテントは設置されていたようですが、僕自身はグリーンステージで確保したスペースにほぼ1日中いましたので8月の強烈な日差しをもろに浴びてしまいました。

そしてさらに最悪なことに、2日目は夕方になると水が売り切れてしまい、運悪く水を買い逃した僕は水分補給もできなくなったのです。当然終演後はヘトヘトで、駅まで続く帰宅者の行列が苦痛で堪りませんでした。おかげで野外のフェスはとんでもなくキツイという印象を持ってしまい、次のフジロック参加まで少し間が空いてしまったぐらいです。

あと覚えているのは、当時のフジロックに関するニュースです。翌日のTVニュースでは「大勢の若者が炎天下の中集まる危険な音楽イベントが開催され、多くの観客が日射病で搬送された」という批判的なものが多かったように記憶しています。

今では「フジロックが開催出来ない」ことがニュースになるくらい世間に認められる存在となっていますが、1998年当時フジロックを開催する事は本当に大変だったろうと思います。

衝撃的な音楽体験だった1998年のフジロック

暑さにはすっかりヤラれてしまったものの、当時まともなライブをほとんど見た事の無かった田舎者の僕にとって、フジロックで見たライブはどれも本当に衝撃的でした。

トリのProdigyを見た直後はしばらく放心状態で、地元に戻ったあとも頭の中で「Breathe」がループして鳴り止みませんでした。(長年Prodigyライブをいつかまた見たいと思っていましたが、昨年フロントマンのキースが亡くなってしまい、叶わぬ夢となりました)

Prodigy以外では、野外なのに地面が揺れたThee Michelle Gun Elephantのライブが印象に残っています。

 

凄い熱気!皆若かった…、ですね。

1998年のフジロック以降、当時住んでいた福岡で1998年にフジロックで見たアーティストを含め洋楽、邦楽問わずいろんなライブに行きましたが、フジロックで見たライブを超える体験をすることはしばらくありませんでした。

夢の国のようだった2002年の苗場

次にフジロックに参加したのは、良くも悪くも衝撃的な体験だった1998年のフジロックから4年後の2002年です。(2日目から)

2002年のZカードも残ってました。

当時のメインスポンサーは三菱自動車でしたね。グリーンステージのトリはProdigy、ケミカル・ブラザーズ、レッド・ホット・チリ・ペッパーズです。タイムテーブルに「TBC」が3箇所もあるなんていかにもフジロックらしいですが、誰か出演したのでしょうか?

裏面。2002年はまだオレンジコートもありませんでした。

ロゴ上のコメントが面白いですね。

  • アンな時は助け合い
  • コ管理が基本です
  • ン外なのは人に迷惑をかけること
  • リーやグリーンは財産です
  • リーンなフェスを目指しましょう

ムリしないムリしないゆるーい気持ちで楽しもう!

1998年の「鍛えてこい!」から一転、随分とゆるい雰囲気に変わっています。

長旅の末にたどり着いた夢のような場所

2002年当時の写真を何枚か貼りながら昔話を続けます。カメラは確かBICmini(フィルムカメラ)だったと思います。

僕は今でこそ東京に住んでいますので苗場までのアクセスは悪くないですが、当時は福岡からの参加でしたので苗場で開催されるフジロックは相当にハードルの高いイベントでした。

特に2002年は勝手が全く分かっていなかったので随分と時間をかけてしまいました。まず福岡から東京に移動しホテルに1泊。翌朝新幹線で越後湯沢まで向かい、そこからシャトルバスに乗ってようやく到着です。

到着して初めて見たライブはグリーンステージの渋さ知らズでした。

渋さ知らズの多幸感が、その後どっぷりとフジロックにはまってしまったきっかけだった気がします。

苗場の景色にもすっかり心を奪われてしまいました。涼しく、木々に囲まれ、美しい川が流れる会場は、当時激務で疲れ果てていた僕にはあまりにも心地よすぎる場所でした。

初のテント生活もフジロックにハマるきっかけとなりました。到着した2日目の朝にはすでにまともなスペースは残っておらず、寝ていると転げ落ちてしまうような坂にテントを建てた事は今となっては良い思い出です。

朝から晩まで会場のどこかでライブをやっていて、次にどのライブを見るか、何を食べるかだけ考えれば良い苗場の環境は1998年のフジロックとは別物でした。

DJ Shadowを見ていたら隣にイアン・ブラウンがいて驚愕したり、越後湯沢駅でMUSEのマシュー・ベラミーとすれ違ったりと、ライブ以外でも非日常の連続でした。

こんな素敵な場所をなぜ3年間も知らずにいたのだろう?僕は激しく後悔し、過去のラインナップを見て悔し涙を流したものです。

1998年以上に影響を受けた2002年のフジロック

環境の素晴らしさはもちろん、2002年に見たライブの数々がその後ほぼ毎年フジロックへ参加するようになったきっかけになった事は間違いありません。

レッド・ホット・チリ・ペッパーズはもちろん、

とんでもなく爆音だったケミカル・ブラザーズも最高でしたし、Queens of the Stone Ageでドラムを叩くデイブ・グロールの姿を見られただけでもフジロックに来た価値があったと思ったものです。

なによりも意外だったのは井上陽水の凄さでした。何気なく流れで見た彼のライブはとにかく圧巻で、夕刻の苗場の雰囲気もあり、周りも含め泣きそうになるのを堪えながら見たのを覚えています。

目当以外のライブに感動することは他の音楽フェスでもある事ですが、あの美しい自然が加わると良さが何割も増してしまう気がしますよね。

素晴らしい音楽と自然、そして美味しい食事を求め、2002年以降はほぼ毎年(2006年だけ仕事で行けませんでした)フジロックに参加することになってしまったのです。

2021年のフジロック開催を願いつつ

とりとめのない昔話にお付き合い頂きありがとうございました。

次のフジロック開催は2021年8月20日〜22日と発表されています。

来年のフジロック開催もそんなに簡単ではないであろうと覚悟していますが、僕らにできることは感染に繋がりそうな場所を避け、他人に感染を広げないよう気遣いながら生活するぐらいしかありません。

フジロックが無事開催されるような世の中に早く戻ることを願いつつ、最大限に注意しながら1年間待とうと思います。どうか皆様も引き続き健康に留意しながらお過ごし下さい。

そうだ、オフィシャルグッズを購入することで少しでもスマッシュのサポートになるのかしら?最後に公式オンラインショップのリンクを貼っておきますね。

【詳細】GREENonRED

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